2007/09/03  イワナと遊ぶ
いくつもの上り坂を越え、沢の音が聞こえた所で泥の崖を滑り降りる。
爽やかな森の匂い。
さらさら流れる水の音が歩き疲れた身体に心地よい。
川幅は2〜3メートル、水量は足首ほど。
すぐ上流にある滝の下にミノーを放り込むと、小さなイワナが釣れた。
細かいトゥイッチを繰り返し、一瞬止まったミノーに魚が突進してくる。
そのすべてを目撃しながら釣るのはこの上なく楽しいものだ。



急な流れはいくつもの落ち込みに注がれてゆく。
エメラルド色をした溜りからは時折魚が姿を見せる。
ミノーに反応がある、それだけで救われた気持ちになるものだ。
僕の釣果はいつも1尾、あるいは2尾である。
釣れないとやっかむくせに、釣果があると途端に満足してしまう。
本日は早々と釣れたので、石の上にあお向けになって空を見ていた。




木々の間を様々な模様の雲が流れてゆく。
どこからか「こんにちは」と声がする。
こんな山深い渓に人など来ないと思っていたので驚いた。
二十歳前後の男性2名と女性2名のパーティだ。
肩には銀色の脚立を担いでいる。
4人とも疲れきった様子で、とてもWデート登山とは思えない。
「何か調査かい?」
「ええ、哺乳類の生態について研究しています」
「すると鹿や熊だね」
「いえ、主にヒメネズミやモモンガなどの樹上型哺乳類について調べています」
「君たち大学生かい」
「はい、僕が東京農大で彼女たちは北海道大学です」
「これはこれは遠いところ、いらっしゃい」とおどけると、疲れた顔がニッコリ笑った。




切り立った崖の上から綿色のしぶきが落ちる。
やがて岩に打ちつけられ、四方に散った雫は絡み合いながら下流へと流れてゆく。
落下地点にできたわずかな窪みにキャスト、するとゴンときた。
やわらかなグラスロッドのディップが絞り込まれ、さらにグンという魚信を感じる。
そのまま引くと綺麗なイワナ、こんな小さな窪みにも生息しているのだ。
この次は渓流魚を研究している大学生に出会ってみたい。
そうしたらそいつをとっ捕まえて家に連れ帰り、延々と話を聞かせるつもりだ。



日差しのまぶしい山道を、風に吹かれてのんびり帰る。
シジミ蝶がヒラヒラ舞いながら僕の後をついて来る。
ロッドの先に止まりたいのか、さっきからトンボが旋回している。
歩くのをやめると安心したようにディップに落ち着いた。
夏の名残を味わいつつ、時間をかけてボサ道を下る。
それも初秋の楽しみである。