2007/10/13  小さな一尾、そして大きな満足
丹沢には落石が非常に多い。
水無川沿いの林道にも尖った岩片が無数に落ちていた。
自転車で行く場合、それらを避けながら進むので大変苦労する。
ロッドをかかえ、言うことを聞かないハンドルを慎重に操作しつつペダルを踏む。
辛い上り坂。
それでも乾いた風と水の音だけは汗ばむ首筋に心地よく感じられた。



車両通行止の立て札のところで自転車を降りる。
ここから先は徒歩で行く。
やがて左手に見える側道をひたすら降りれば広い川原の風景に出会えるのだ。
その場所を起点に3キロほどの工程が、この川で最も釣りに適した渓相だろう。
天候は薄曇、気温は多少汗ばむ程度、禁漁間近というのに誰も居ない。
今日は小さなポイントまで隈なくさぐり、秋の渓流釣りを十分に楽しみたいと思っている。



白泡の立つ流れ込み、深い淵、そして早瀬など、あらゆる場所へキャストし続ける。
しかし入渓以来ピクリとも来ない。
着水音に驚いて逃げる魚もいなければ僕の気配を察して移動する姿もない。
毎年苦戦を強いられる川ではあるが、ここまで生体反応が無いと悲しくなる。
後ろを見るといつの間にか餌釣り師が近づいて来ていた。
「釣れました?」と聞くと、「いや、小さいのが2尾だけです」
その時、初めてこの川に魚がいることを知ったのである。



ヘルメットをかぶったクライマー数名と会う。
「あの場所を通ってあそこに出よう」などと岩を見上げながら打ち合わせをしている。
彼らはどこを通れば面白く、そしてスリルがあるのかを見つけ出し予め設定したルートを越えてゆく。
我々のキャスティング&リトリーブにも共通している気がして、親しみ込めて聞いてみた。
「楽しいかい?」
すると彼は真っ黒な顔に白い歯を覗かせて答えた。
「はい、やめられません」



本流をあきらめて小さな支流に入る。
しばらくは魚影も見ないままいくつもの堰堤を越えてゆく。
清らかな水は岩の上から滑り落ち、白泡となって水面に弾け飛ぶ。
タダ巻きをすれば、すぐに足元に戻ってきそうな小さな落ち込み。
ミノーを投げ、すぐさま軽くロッドを跳ね上げる。
重量のあるtaki_minnowはユラユラとした動きを演出しながら沈んでゆく。
そこで再度跳ね上げると再び身体をくねらせて上がってくる。
何度かそれを繰り返すうちにググッと引かれた。
「やっと、やっと・・・」
興奮して言葉にならなかった。
水面にしぶきを立てながら舞うように近づいてくるヤマメ。
たった18cmの魚体である。
それでも一日中歩き回って釣った貴重な1尾、このヤマメがすべてを癒してくれるのだ。



もう十分満足である。
岩に腰掛けて、ゆっくりと周囲を見渡す。
小さな沢ではあるが、切り立った岩や大木の緑と共に雄大な自然を形づくっている。
「ここ、いいなぁ」
とても落ち着く場所だ。
子供の様に大きな声を出してみる。
誰かに笑われたり、とがめられることもない。
「帰りたくない」
そんな気持ちを振り切って立ち上がる。
明日の日没をもって丹沢は全面禁漁、長い冬の我慢が続く。
そして水温む頃、僕は綺麗なヤマメと会うために再びこの渓を訪れるだろう。