2007/10/20  渓の神様
川面をなでる風がひんやりしている。
薄いフリースを羽織り川原を行くと昨年アマゴが釣れた思い出の淵に出た。
周辺から湧き出す水が一箇所に集まってできた大きな深場、あの日あの時点で釣果はゼロ、あきらめて帰る途中だった。
気まぐれに投げたミノーが岩に当たって跳ね返り、偶然にも好ポイントに着水。
その後ディップが引かれたときには驚きと感謝の気持ちでいっぱいになった。



今年もあの感動を・・。
魚に気づかれぬよう慎重にロングキャスト。
しかしダメ、ポイントから10メートル以上離れた栗の木に掛かってしまう。
その後もまともな位置に着水させることができない。
そこで思い切って水際まで近づいてみる。
鏡のように滑らかな水面、その中を覗くと底石の上に良型のアマゴがじっとしていた。
ミノーが幾度も叩いたはずなのに、まったく動いた気配はない。
「今日は活性が低いかな」
taki_minnowを軽く放ると、ユラユラと沈んで鼻っ面に転がる。
するとその魚はまるで駅員に起こされた酔いどれのように、フラリとどこかへ泳ぎ去ってしまった。



この川は変化にとんだ様々な渓相を見せてくれる。
幅の狭い頼りない流れもあれば、切り立った岸壁から落下する壮大な滝もある。
また、神秘的なエメラルドブルーに輝く溜まりの下流には水枯れの伏流地帯まで存在するのだ。
どの場所にも適度に魚影があり我々の目を休ませない。
しかし、残念なことにその渓魚たちがフックに触れることもまずないのである。

「おお、でかい!」
トロ瀬の上流へキャスト、流されつつも細かく踊るミノーを大きなアマゴが追ってくる。
「太い・・」
だけど食いつく気配はない。
ロッド操作でミノーの頭を振らせてみる。
昔はこの方法でずいぶん仕留めたものだ。
しかし今では悲しき古の業なのか。
大アマゴはミノーの匂いを嗅ぐような仕草を見せただけで、ゆっくりと上流へ戻ってしまった。



大きな岩を越え、横たわる朽木の下から這い出すと巨大堰堤が見えてきた。
そこを巻いて行く方法を僕はまだ知らない。
つまりこの堰堤が遡行の終わりを意味する。

壁面手前、落ち込みが何段も連なる場所。
岩の裏側へ手探りでキャスト、その後細かいアクションを入れる。
僕には障害物の向こう側を把握することができない。
おそらくミノーは岩肌をなめるように進んでいるはずだ。
「ゴン!」
一瞬だった。
澄んだ水をかき散らしながら激しく抵抗するアマゴ、腹にはたっぷりと卵をかかえている。
僕の釣りはいつもそうだ、あきらめた頃に釣果を得る。
始めから釣れてくれれば、その後はのんびりとした釣りを楽しめるのに・・。
渓の神様はそれを許してくれない。



コンクリートの壁の下、本日はこれで終了。
「釣れてよかった」
巨大堰堤に背を向けながら荒れた林道を歩き出す。
途中、河原にしゃがみこんでいるフライマンを見つけた。
大きな声で「釣れたんですかぁ!」と叫んでみる。
すると彼は満面の笑みを浮かべ、両腕で大きな丸を作って答えた。
秋の夕暮れ、渓の神様はそれぞれに平等らしい。
ただ、彼のアマゴよりも僕の方が、ほんの少しだけ大きいような気がした。