2008/04/12  過酷で美しい沢
 小さな集落を抜けて、本流へそそぐ川がある。
普段なら気にも留めずに行き過ぎてしまうほど、味気ないコンクリート張りの用水路だ。
「この先はどうなっているのだろう・・」
ひとたび気になると放ってはおけない。
そのまま吸い込まれるように水路沿いの側道へ入ってみた。


荒れた舗装路は砂利道に変わる。
景色は次第に山深くなり、街の騒音も届かない。
鳥のさえずりと木々のざわめき、かすかに聞こえる心地よい水の音。
それをたよりに急な崖を滑り下りる。
ところが沢に立った僕は、すぐに後悔のため息をついた。
1メートルにも満たない川幅、浅く細い流れ。
生い茂るツル状のブッシュを超えるには、這いつくばって進むしか方法がない。
さらに行く手にはクモの巣が張られ、そこには虫の残骸が揺れていた。
 

首筋に絡んだ蜘蛛の糸を払いながらも上流を目指す。
やっと見つけた深い落ち込み、その際を狙って慎重にキャスト。
ゆっくりミノーを引くと、何かにコツンと触れた。
魚がいるのかも知れない・・・。

石の上で腕立て伏せのような恰好、そのまま障害物をかわしつつ這い上がる。
湿った朽木に足をのせるとボロッと折れた。
崖を登ると大量の泥が足元からすべり落ちる。
鮮やかな緑色の苔は大きな水滴を抱え、手を押し付けると水が溢れ出た。
この沢のあらゆる物質がたっぷりとした水分を含んでいる。
これぞ大自然の作り上げるダムと言えるだろう。
おそらくこの沢は、どの時期に訪れても安定した水量を保っているに違いない。
 

折り重なる岩の上から幾筋もの水流が落ち、その下には小さな溜りがある。
水中をゆらゆらとミノーが進む。
後ろからヤマメが追ってくる。
「やっぱりいる!」
魚影の少ない小さな沢、次のキャスティングをしくじれば後は無いだろう。
下から投げたミノーが高く舞い、そのまま一直線に水面を突き刺す。
ディップを揺らすとプルッと来た。

綺麗なヤマメ、不規則なパーマーク、そして赤い側線。
「やった!」
この魚は震災をくぐり抜け、釣り人の手からも逃れ続けた丹沢原種ではないか。
認定者は僕だ。
この沢の遡行は過去最悪、非常に困難を極めるものだった。
だからこのくらいのボーナスポイントがあってもいい。
 


藪をかき分け、崖を登ると細い道に出た。
そこを下ると集落まではすぐの距離だ。
人里からそれほど遠くない場所で、ひっそり生き続ける天然ヤマメ。
しばらくそっとして置き、雨の季節にまた来よう
パーマークの綺麗なヤマメと自然のダムを見るために・・・。