小さな集落を抜けて、本流へそそぐ川がある。
普段なら気にも留めずに行き過ぎてしまうほど、味気ないコンクリート張りの用水路だ。
「この先はどうなっているのだろう・・」
ひとたび気になると放ってはおけない。
そのまま吸い込まれるように水路沿いの側道へ入ってみた。
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荒れた舗装路は砂利道に変わる。
景色は次第に山深くなり、街の騒音も届かない。
鳥のさえずりと木々のざわめき、かすかに聞こえる心地よい水の音。
それをたよりに急な崖を滑り下りる。
ところが沢に立った僕は、すぐに後悔のため息をついた。
1メートルにも満たない川幅、浅く細い流れ。
生い茂るツル状のブッシュを超えるには、這いつくばって進むしか方法がない。
さらに行く手にはクモの巣が張られ、そこには虫の残骸が揺れていた。
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首筋に絡んだ蜘蛛の糸を払いながらも上流を目指す。
やっと見つけた深い落ち込み、その際を狙って慎重にキャスト。
ゆっくりミノーを引くと、何かにコツンと触れた。
魚がいるのかも知れない・・・。
石の上で腕立て伏せのような恰好、そのまま障害物をかわしつつ這い上がる。
湿った朽木に足をのせるとボロッと折れた。
崖を登ると大量の泥が足元からすべり落ちる。
鮮やかな緑色の苔は大きな水滴を抱え、手を押し付けると水が溢れ出た。
この沢のあらゆる物質がたっぷりとした水分を含んでいる。
これぞ大自然の作り上げるダムと言えるだろう。
おそらくこの沢は、どの時期に訪れても安定した水量を保っているに違いない。
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折り重なる岩の上から幾筋もの水流が落ち、その下には小さな溜りがある。
水中をゆらゆらとミノーが進む。
後ろからヤマメが追ってくる。
「やっぱりいる!」
魚影の少ない小さな沢、次のキャスティングをしくじれば後は無いだろう。
下から投げたミノーが高く舞い、そのまま一直線に水面を突き刺す。
ディップを揺らすとプルッと来た。
綺麗なヤマメ、不規則なパーマーク、そして赤い側線。
「やった!」
この魚は震災をくぐり抜け、釣り人の手からも逃れ続けた丹沢原種ではないか。
認定者は僕だ。
この沢の遡行は過去最悪、非常に困難を極めるものだった。
だからこのくらいのボーナスポイントがあってもいい。
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藪をかき分け、崖を登ると細い道に出た。
そこを下ると集落まではすぐの距離だ。
人里からそれほど遠くない場所で、ひっそり生き続ける天然ヤマメ。
しばらくそっとして置き、雨の季節にまた来よう
パーマークの綺麗なヤマメと自然のダムを見るために・・・。
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