2008/10/14  丹沢最終日'2008

ガサガサ・・!
慌てて藪の中から飛び出した。
足元を見回して、這い上がるヒルを払い落とす。
それでもなお路上でうごめくヤツらの息の根を止める。
いい加減、ヒル払いにも疲れてしまった。
最終日くらいは何者にも邪魔されず釣りがしたい。
再び車に乗り込むと、東丹沢最後の楽園に向った。

川の入り口に「楽園」と書かれた札はない。
僕が勝手にそう呼んでいるだけだ。
この場所ではハイカーや作業員以外の人に出会ったことがない。
天然魚がたくさんいて、かつ安全でヒルを気にせずに釣行できる。
そのような川はもう東丹沢中探してもここだけではないか。



アップストリームキャストを繰り返す。
水流に押し流され、頼りなく進むミノー。
黒い影が岩底から飛び出し、その口先でフックを叩いてゆく。
澄んだ流れに潜む彼らには、水際に立つ僕の姿が見えるのだろう。
どの魚もフッキングまで至ることはなかった。

昼前から降り始めた雨が、木々の葉を揺らしている。
虫たちは重たい羽をバタつかせ、水面ギリギリを飛ぶ。
魚の活性は徐々に上がってゆくだろう。




細い流れの小さな支流、その中へブッシュをかき分け入ってみた。
薄暗く何だか気味が悪い。
熊鈴を高らかに響かせながら周囲を見渡す。
身の安全を一通り確認した後、岩の窪みにミノーを投げた。
すると、グググ!
ディップが強く引き込まれ、螺旋の中に茶色の魚体が見えてきた。
「やった、やった!」
嬉しさを抑えきれずにそのまま近寄る。
ところがどうだ、そいつは僕の指にヌメリ感を残して逃げてしまった。




雨に打たれ、さらに魚との格闘でズブ濡れだ。
それでも上流へ這いあがってゆく。
気付くと熊鈴が無い。
ちぎれたヒモだけが腰に揺れている。
そこでバックから笛を取り出して高らかに吹く。
「ピー」と鳴らしただけでは動物が仲間を呼び寄せる声に似ている。
もっと人工的に・・・。
「ぴっぴかぴーっ」
それが滑稽で一人笑った。



壊れかけた堰堤を巻く。
たっぷりと水を含んだ泥の崖をよじ登る。
大きな丸太に足をかけ、全体重を乗せたところで一気に崩れた。
「ヤバイ!」
ピエロの様に、転がる丸太の上を走る。
「もうダメだ!」
谷に落ち、大木の下敷きになるのかと覚悟した瞬間にピタリと止まった。
きっと、山の神が「戻れ」と言っているのだろう。
これ以上は無理をせず、ロッドをたたむことにした。


夕暮れの渓に降るやさしい雨。
今日は小振りのイワナが1尾、かろうじて釣れただけ。
秋の渓魚は難しい?
いや、シーズンを通して僕の釣果はこんなものだ。
それでも渓流釣りは楽しくて止められない。
まもなく日没、その瞬間から丹沢は禁漁期間を迎える。
遠くで鹿が「ピー」と鳴いた。
僕は手にした笛を口元まで運び、そして吹くことなくポケットに入れた。