2009/09/20  達成は遠い未来に
この沢に来るのは何度目だろう。
もうすっかり淵や落ち込みの場所まで覚えてしまった。

釣りの醍醐味は魚とのやり取りにある。
心地よい魚信を感じられたらそれでいい。
しかし、川に対する理解をもっと深めることができれば、
それは大きなアドバンテージとなって戻ってくる。
理解と言っても難しいものではない。
「この瀬で大物をバラした」とか、「渇水の時期に淵の底を覗いたら・・」などという単純な記憶で十分だ。
その積み重ねによって、頭の中には貴重なデータベースが構築される。
何年も通えば貧果に当たる年もあるだろう。
そんな時は土砂の様子や木の枯れ具合、くもの巣の量などを例年と比較してみる。
すると、餌となる水生または陸生昆虫についての察しもつくはずだ。
釣りを通して様々な世界を学び、
それを吟味することで山の遊びはより有意義なものとなる。



一方、安定した釣果があるからといって、同じ川ばかりに通うのは視野を狭める原因となる。
今年の僕はまさに後者、川に甘えている。
中津川水系には本流も含め、「必ず釣れる」と思える川は2本だけだ。
特に今日の川は山深い雰囲気もあり、先行者の姿を見ることもなく一定の釣果が期待できる。
僕はすっかりこの場所に頼りきっている。
そして今日もまたロッドの震えが恋しくなりここに来てしまった。




駐車スペースに車を止めると、ゴツゴツという鈍い音がした。
外を見ると大量の虫が舞っている、いや、高速で飛び回っている。
アブだ。
アブの大群。
何百匹もの大アブが僕の車に突進してくる。
怖くて車外に出られない。
だけど確実な釣果を得るためにはぜひともこの川で釣りがしたい。
オドオドする僕を蹴散らすように体当たりを続ける軍団。
どれだけ時間が過ぎただろう、急に静かになった。
恐る恐る外に出て異常のない事を確認すると、
そのままタックルを鷲づかみにして風のように去ったのである。



堰堤の下、勢いよく水が落ちる場所には大粒の泡が踊っている。
対岸にミノーを投げ、ロッドを小刻みに煽りながら巻いてくる。
数メートル手前で不規則なトゥイッチを入れるとガツン!
大急ぎで取り込むと、綺麗なイワナが足元で跳ねていた。
開けたポイントには必ずと言っていいほどの魚影がある。
今までに経験したこともない余裕の釣り、
何だか急に上手くなったような気がして夢中で投げ続けた。



楽しくて昼も食わずにキャストを繰り返し、あっという間に終点付近まで来てしまった。
「けっこう釣れたなぁ・・」
見上げれば、ラメの入った綿色の雲が空全体を覆っている。
水面に浮かぶ枯葉は円を描き、羽を休めるトンボの脇で止まった。
「もっとたくさん釣行したかったな・・」、この時期は毎年そう思う。
名残惜しさも味わいのひとつだ。
渓流釣りに「達成」や「完璧」という言葉は似合わない。
だけど釣り人はそれを求めて何度も通う。
残り少ないシーズンだが、もう少し川で遊ぼう。
そして来年もその次も、ずっとこの川を見ていこう。
大きなヤマメ、型のよいイワナ、そしてもっともっと綺麗な魚をたくさん釣りたい。
僕の欲望は限りなく、「達成」のカケラを手にする日は遠い未来になるだろう。